東京高等裁判所 昭和35年(う)310号 判決 1960年6月14日
控訴人 被告人 清原道允
弁護人 横山勝彦 外一名
検察官 高田正美
主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮四月に処する。
ただし、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意については、弁護人横山勝彦、同牛島定が差し出した各控訴趣意書の記載を引用する。
弁護人横山勝彦の論旨第一点について
所論は、原判決事実に対しては公職選挙法二三七条一項が適用せられるべきはずであるのに、原判決が同条二項を適用したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤を犯したものであると主張する。しかし、原判示によれば、要するに被告人は桑原富一ほか十名に対し、いずれも不在の選挙人である木村守之助ほか十名の投票所入場券を交付し、同人らの氏名を詐称していわゆる替玉投票をなすべき旨を教唆し、前記桑原らは右教唆に基きそのとおり投票をしたというのであるから、右桑原ほか十名の行為は、公職選挙法二三七条一項に定めるような単に選挙権がないのに投票をしたというにとどまらず、同条二項の氏名を詐称しその他詐偽の方法をもつて投票した場合に該当することが明らかである。したがつて右行為を教唆した被告人に対し公職選挙法二三七条二項刑法六一条一項を適用した原判決には何ら所論の違法はない。
同第二点について
所論は、本件不在者の投票所入場券なるものは入場券として無効であり、かような無効な投票所入場券を使用して投票した場合には公職選挙法二三七条二項の適用はないと主張する。しかし、氏名を詐称しその他詐偽の方法をもつて現に投票を完了した以上同条項違反の罪は成立するのであつて、右投票の手段として使用した投票所入場券の効力の有無は当該犯罪の成否に何ら関係を有しないことはいうまでもない。論旨は全く理由がない。
同第三点について
所論は、被告人は、(1) 奥村組千葉出張所労務係として飯場労務者の異動に伴う選挙人名簿補充申告事務の担当者であつたこと、(2) 右出張所長森茂から労務者の投票についてとくに指示依頼を受けていたこと、(3) 被告人が病気のため選挙人名簿補充申告期日を一日経過したため申告に間に合わなかつたことの各事情からすると、何人も被告人と同じ立場に置かれたならば、被告人と同様に不在者の投票所入場券を流用せざるを得なかつたものということができる。すなわち被告人に本件行為に出ないことを期待することは不可能といわなければならない。したがつて被告人は無罪とせらるべきにかかわらず、これを有罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。しかし、所論の事情の下においていわゆる期待可能性がないと言えないことはまことに明白で、多くこれを論ずる必要を見ない。所論は理由がない。
同第四点について
所論は、本件において、被告人は、同一日時に同一場所において十一枚の投票所入場券を交付したのであつて、十一回犯行を反覆しようとする意思はない、被教唆者の投票行為が十一人によつて別々に行われたとは言え、教唆者の意思は一括して入場券を交付した点において一個である、のみならず公職選挙法二三七条二項の規定する法益は選挙の公正という一個のものである、にかかわらず、原判決が教唆者たる被告人に対し投票者の数に応じ十一個の犯罪が別々に成立するものとしこれを併合罪として処断したのは、法令の解釈適用を誤つたもので失当であると主張する。しかし、なるほど、原判示によれば、本件において被告人が十一名の者に十一枚の投票所入場券を交付して各詐欺投票を教唆した日時と場所は同一であるけれども、それから当然に右教唆行為が一個であつたと認めなければならないものではなく、記録と対照すれば、原判示の趣意は、被告人がたまたま時と場所を同じうして十一名の者に順次各別に同様の詐欺投票を教唆したと認めたものであると解するのが相当であるし、また選挙法違反の罪はすべて究極において選挙の公正という一の法益の侵害に連るとしても、その侵害の態様ないし対象の異るによりおのずからその罪も相違するものといわなければならないから、同一人が数個の詐欺投票の罪を教唆した場合にあつても、個々の投票ごとに各別に独立して犯罪が成立し、包括して一個の犯罪となるものではないと解すべきである。したがつて原判決が本件十一個の詐欺投票の教唆を併合罪として処断したのは正当であつて、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 兼平慶之助 判事 足立進 判事 関谷六郎)
弁護人横山勝彦の控訴趣意書
第一点原判決は、「罪となるべき事実」として、「被告人は………いわゆる不在の選挙人である者等に宛てて配布された投票所入場券を保管しているのを幸いとし、これを選挙人でない他の労務者等に交付して投票所に入場させ、同人等をしていわゆる替玉投票をさせようと企て、………選挙人と偽らせて投票させ、もつて同人等の詐偽投票を教唆したものである。」と判示している。ところで、この表現によれば、傍点の箇所に見られるように、原判決は、被告人が選挙人でない労務者等を教唆して、選挙人であるかのように偽らせて投票させた、というのである。云い換えれば、被教唆者である労務者等は選挙人でないのに投票をしたというのである。そして、原判決は、右被告人の行為に対して、公職選挙法第二百三十七条第二項、刑法第六十一条第一項等を適用した。しかしながら、右のような判示事実に対して何故公職選挙法第二百三十七条第二項が適用されなければならないのか了解し難い。原判決は、被告人が選挙人でない者に投票をさせたというのであるから、公職選挙法第二百三十七条第一項が適用せらるべき筈であるのに、第二項を適用している。第一項の刑の長期は一年以下の禁こ又は一万五千円以下の罰金であるのに、第二項の刑の長期は二年以下の禁こ又は二万五千円以下の罰金であつて、刑が異なるのであるから、これが適用の誤りは重大な差異をもたらすのである。原判決は、この点に於て、法律の適用を誤つており、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当に破棄せらるべきである。
第二点原判決は、被告人が株式会社奥村組千葉出張所弁天前現場に於ける不在者分の選挙投票所入場券を、選挙人名簿に登載のない者に交付して、投票させたとして、これに公職選挙法第二百三十七条第二項、刑法第六十一条第一項等を適用した。しかし、投票所入場券は氏名該当者が所在して初めて有効にこれを行使し得るものであつて、不在者の投票所入場券なるものは入場券として無効のものである。公職選挙法第二百三十七条第二項は、有効な投票所入場券又は投票用紙の存在を前提とした規定であつて、本件のように無効な投票新入場券を使つて投票させた場合については、本条は適用の余地がない。原判決は、この点、法律の解釈適用を誤つており、而も判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当に破棄せらるべきである。
第三点被告人は、(1) 奥村組千葉出張所労務係として飯場労務者の異動に伴う選挙人名簿補充申告事務の担当者であつたこと、(2) 右出張所長森茂から労務者の投票について特に指示依頼を受けていたこと、(3) 被告人が病気のため選挙人名簿補充申告期日を一日経過したため申告に間に合わなかつたこと、の各事情からすると、何人も被告人と同じ立場に置かれたならば、被告人と同様に不在者の投票所入場券を流用せざるを得なかつたものということができる。即ち、被告人に本件行為に出ないことを期待することは、不可能といわなければならない。故に、被告人は、期待可能性なきものとして、無罪とせらるべきであるにも拘らず、とれを有罪とした原判決は、法律の解釈適用を誤り、而も判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当に破棄せらるべきである。
第四点仮りに被告人が有罪であるとしても、原判決本実によれば、被告人は手許の不在者投票所入場券十一枚を十一名に交付し、十一名の者に投票させたというのである。原判決は、これに対し、十一箇の犯罪が別々に成立するものとして、これを併合罪とし、公職選挙法第二百三十七条第二項、刑法第六十一条第一項、同第四十五条前段等を適用した。しかし、被告人は同一日時に同一場所に於て十一枚の投票所入場券を交付したのであつて、十一回犯行を反覆しようとする意思はない。被教唆者の投票行為が十一人によつて別々に行われたとは云え、教唆者の意思は一括して入場券を交付した点に於て一箇である。のみならず、公職選挙法第二百三十七条第二項の規定する法益は選挙の公正という一箇のものである。かかる場合、教唆者に対して複数箇の犯罪が成立すると考えることは失当である。原判決は、この点に於て、法律の解釈適用を誤つており、而も判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、当に破棄せらるべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)